僕にとって一番の贅沢。それは
今を感じて行動を捨てること。それは僕に全てを与える。
しかし、行動を捨てるのは今じゃない。僕は山の中の家を探している。それは無償ではない。行動しなければいけない。社会的な権利を買わなければならない。原生林の残る。岩のある。暖かい土地。欲である。
欲を持たず、理想は描けない。
しかし行動は悪魔の司るところか。
人は何も所有できない。なのに権利を買う事を目標に進む僕はある全体の一部分である。
今は仮住まい。一年限定で安く住める。この仮屋も9月には契約が終わる。手を加えた畑も、もう少しで手放さなければいけないなら、今は野菜は植えられない。
僕の庭にはたくさんの野草が生えている。ノビル、ニラ、ユキノシタ、ツユクサ、ハコベ、カラムシ、アザミなどなど、これらを僕は応援している。
僕の夢の一つは土を育てて身体を育てる事。
土地を買って、土を育てる。そこに成る実が僕。


田舎に住んだとはいえ、近所には人が住んでいる。あそこの家の周り、雑草が多くてかなわん。蛇が出る。どうにかせな。危ないで。ということで家の周りの野草は刈ることに。蛇も食べたいよ。
これから僕は関東にいく。1ヶ月家を空けるから。仕方ない。
しかし、雑草は存在しない。雑なのは人間だ。
地球の与えてくれる恵を受け取らず。ひとくくりにゴミとして命を測れば、それはエゴの象徴として僕の目に描かれる。
だからもう少し山奥でないと、僕の夢は叶わない。
原生林の近い場所に住みたい。これは理想だ。
狭い間隔で植えられ、放置された杉の山の影に僕は戦争を垣間見る。
戦争で負けた日本人はその反動として高度経済成長を起こし。大きな欲望の影を落とした。その一つが放置された植林と僕は思う。
日本人の心の故郷。それは原生林に四季を写す豊かな表現。
見て見ぬ振りをしたくなる様な。土地の崩壊跡とそこにある無数の植林。このカオスは、社会で生きていく限り。人間が抱えるであろう無意識下に押さえ込まれた。欲望の象徴として、現代に生きる僕たちに提示されているのではないか。
とはいえ。時間が経てば代謝して、地球は新たな植生を形成する。山に住む人以外は目を瞑る事ができるだろう。
修羅を持たずして仏はありえぬ。
近所には世界遺産の神社もある。毎日世界中から神道や仏教を目撃すべく人々が押し寄せる。総本社でありながら、参道のお土産ショップでは商業的な音楽が流れ、商業的な商品が売られる。参道を埋め尽くす旗は一流、一万円で奉納者の繁盛を願い。風に泳ぐ。
金で信仰を買えるかね。と一文無しの僕が思考する。
僕の言い分はこうだ。
コンクリートを割って生えてくる生命を尊重せねば我々は杉の作る闇の中にたちまち溺れてしまうだろう。
地球はいつか滅びるだろう。物質の運命として。
永遠を願うなんてエゴだ。SDGsと謳ってモノを作るな。色の濃いサングラスをかけないと受け入れがたい概念を持っているのは全体主義の上で成り立つシステムだろう。こら。
否定するな。受け入れる。否定は肯定を産む。
僕は枯れる花を美しいと思える心を磨きたい。
クライミングは楽しい。だって全身全霊で今を感じる瞬間だから。

今回のそんぐは日本語!
浅川マキ こんな風に過ぎて行くのなら
友部正人 乾杯
ディランII 子供達の朝
かむあそうトライブス 山のしらせ
ハイポジ 僕でありたい

words&photos かいと
宮崎海杜 26歳 千葉県生まれ今は和歌山。
クライミングウェア。Gekko japonicus の制作をしながら地球を堪能中。裸足登攀。
60-70sの音楽好き。
地質。野湯。アート。野食。石拾い。
instagram : https://www.instagram.com/gekkojaponicusjp/
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