実は僕、 こう見えてヨーギとして日々を送ろうという、心意気を持ち合わせている人間でございます。
ヨーギとはヨガの体系を学び、理解し、ヨガのゴールに近づこうと、日々ヨガを実践する人のことです。
きちんとヨガの道を歩んでいる方からすれば、僕のちゃらんぽらんなライフスタイルでこんなことを言っても眉唾物ではあると思いますが、
それでも、現在の僕という存在に「ヨガ」というのが大きく影響を与えてくれていて、
僕自身もそのヨーギとしての姿勢は、とてもとても大切にしているものなのです。
そもそも僕のヨガとの出会いは、神宮球場に野球でも見に行こうかと思い立った3年前のとある日に遡ります。
大阪出身ゆえに虎キチ(今は違う)であった僕は、折角だから阪神戦でも見に行こうかと、神宮球場のスケジュールを眺めておりました。
すると、プロ野球と六大学野球の試合のスケジュールに挟まれて「スタジアムナイトヨガ」という謎の文字が目に入ったのです。
一体なんじゃこりゃ、と気になり調べてみたところ、
どうやら言葉の通り “神宮球場で夜にみんなでヨガをする会” だそう。
イマイチよく分からないけど面白そうでしたし、何より無料で神宮球場に足を踏み入れることが出来る、ということに元野球小僧としての血が騒ぎ、
友達を誘って参加することにしました。
当日行ってみると、マウンドにヨガの先生と二胡奏者の方が立ち、
我々参加者は外野の芝生でヨガをするという、中々に圧巻な光景。
ヨガの先生のアナウンスのもと、二胡の奏でる音に合わせて、身体を伸ばしていく。
しかも神宮球場の芝生の上という謎のシチュエーションも相まって、今までにない不思議な解放感、とても気持ちの良い体験でした。
最後に記念撮影を受け付けますとのことだったので、僕らもマウンドの先生(磯辺佳代子さん)と二胡奏者(凜子さん)と記念にパシャリ。
楽しかったね〜、と友達と夕飯を食べてからお別れし、
家路を一人、ヨガマットを背負って自転車で国道246走っていました。
その時のことです。
反対車線の車の窓から身を乗り出して、こちらに向かって手をブンブン振っている人が視界に現れました。
「おお〜い!!さっきはありがとね〜!」と満面の笑み。
何事かと自転車を止めて凝視すると、
それは先ほど神宮球場のマウンドに立っていた、ヨガの磯辺佳代子先生でした。
そのまま先生の車は通り過ぎ、
時間にしてわずか1,2秒の出来事。
しかし、僕はこの瞬間に、
「ヨガ」始めてみようかな。と思ったのです。
恐らくこの時に声を掛けてくれていなかったら、
僕にとってのヨガは「スタジアムナイトヨガ」という、とあるユニークな体験に過ぎず、
継続的に興味を持って続けるには至らなかったように思います。
勿論、ヨガの体験自体もとても心地良いものではありました。
僕は何より、さっき初めて出会った、しかも何百人という人数のうちの、たった一人の人間に対して、
反対車線からわざわざ手をぶん回して大声で挨拶をしてくれる、
そんな人柄を通して、ヨガというものはきっと素敵なものに違いないだろうと、強く興味を持ったのです。
そこからヨガについて色々と調べ、自分の入門書として、
向田みおさんの「やさしく学ぶヨガ哲学 ヨーガスートラ」を選び、ヨガの世界に突入していくこととなります。
ヨガの世界は、とても衝撃的でした。
僕が漠然と感じていた、世界や物事に対する捉え方を、綺麗に言語化してくれているのです。
そもそもヨガとは何なのか、といったところですが、
ヨガは哲学の一種です。
古く遡り、ヒンドゥー教などの宗教の基となる聖典などの解釈をめぐり、
様々な哲学の学派が誕生することになります。
その中の6大哲学のうちの一つが、「ヨガ哲学」という訳です。
そのヨガ哲学のバイブルとなるのが、ヨーガスートラ。
そのヨーガスートラには、よ
一般的に馴染みのあるヨガのポーズだったり、というのは、
ヨガの哲学を体現するための8支則のうちの一つ、
アーサナに過ぎず、
ヨガの全体像としてのゴールは、ヨーガスートラに基づくものとなります。
ヨーガスートラの提示するゴールと言いますと、サマーディ(深い瞑想)の状態です。
そのサマーディの状態というのは、真実の見極めが達成し、自分自身が何か、ということを理解している状態で、
その状態になると、世の中の出来事をバイアスが入ることなく、あるがままに受け入れることが出来るのです。
本来の自分自身とは何か、
肉体でしょうか、心でしょうか、考えでしょうか。
